潜在意識に感応する樹木の気

 木のお医者さん 山野忠彦

ずいぶん前ですが、『Quark』という科学雑誌がありまして、「気を科学する」という
テーマで連載していたことありました。
そのなかで、「気の達人に学ぶ効用」というタイトルで、樹医の山野忠彦氏の話が
載っていました(1990年3月号)。なお、このシリーズは再編集され、後に講談+α文庫
から『「気」を科学する』というタイトルで98年に出版されています。

前のエントリーを書くにあたって、気功師の気を測定してどんなエネルギーが出て
いたかを確認するために、その文庫本を読み返してみたら、山野氏の話に目が止まった
のです。以前読んだはずですが、すっかり忘れていました。

樹医の山野忠彦氏については、きっと皆さんもご存じでしょう。
名前だけでは思い出さなくても、顔写真を見ればきっと、ああ、あのおじいちゃん、
と手を打つことでしょう。

「日本で初めての、木のお医者さん」とういことで、公共広告機構(ACジャパン)のCM
キャラクターとして、TVでよく顔が出ていたので。品のいいダンディな風貌は、
それだけでリスペクトものでした。
いまネットで調べてみると、98年に98歳で他界されていたんですね。大往生です。

このブログで、昨年、3連続で植物パワーについて書きましたが、文庫本で紹介され
いた山野氏の話はなかなか興味深かったので、ちょっと長くはなりますが、ここに転載
させていただこうと思います。

 木の生命力はヒトの気を高める

「木の葉はね、葉脈からオーラを発するんです。この力が人間の病気を消すんですよ」
そう語るのは、全国の巨樹や神木1000本以上を治療し、奇跡的な回復をさせた木の
名医――つまり樹医・山野忠彦さんである。
自然界の中でも巨樹はとりわけ霊が宿るといわれる。山野さんの治療術は独自の防腐剤や、
秘伝の栄養剤を使ったユニークなものだが、まやかしや妥協のない科学的な方法として
知られる。

治療にあたっては、木の肌に触れて樹の健康度をチェックする。手には数珠をたずさえ、
腐った部分を切り落とすときは、「絶対に殺さんからな、必ず治してあげるからな」と祈り
つつ、人間の患者を診察する医者のような気持ちで接する。そうやって樹齢1000年以上
の木に30年以上つき合っていると、木の不思議なパワー(「気」)を感じるそうだ。

最近では、神木の葉っぱを、いつも腹に巻いたサラシの中に入れている。山野さんが腹中
に常時入れている木の葉は、いずれも山野さんが治療をした樹齢数百年の御神木の葉だ。
この日見せてもらったのは、宮崎県の高千穂の天岩戸(あまのいわと』神社にある、樹齢約
1000年の広葉樹、御賀霊(おがたま)の木の葉。
「木の葉の力のおかげで、90歳の現在まで病気ひとつない」(山野さん)

他人にもすすめ、難病を治した例もあるという。
数年前、糖尿病が進み、ひどい眼底障害をおこした老年の男性に、山野さんは“ひとつ葉”
という草木の葉を与えた。
「その老人が、鉢植えしたものを居間や寝室に置いておいたところ、いつの間にか手術もなし
に失明を免れたんですよ」(山野さん)

つい最近でも、ある女性に「主人の妹がガンで明日をも知れない」といわれ、アカネという
植物の葉数枚を与えたところ、ガンの女性が小康状態をとり戻したという礼状が来た。
このアカネというのは東京薬科大のグループにより、強力な制ガン作用が含まれている
といわれたものである。山野さんは木と語り、木のパワーを直感的に感じることで、科学的な
手法で確かめられたものと同じ成果へ一気にたどり着いたわけだ。

「木と木は2000キロ離れていても互いに交信できるそうなんです。さる大国では木の超能力
をスパイ活動に利用しようと大まじめに研究しているといわれるぐらいですよ」
という山野さん自身、人間が木にたたられた実例を見ている。京都の平清盛邱跡地のクスノキ
がそれで、山野さんが治療をする前に、手入れをした6人の造園師たちが、原因不明の事故で
死んでいるという。逆に、山野さんは、50メートルの高さの木から、足をすべらして落下したのに
奇跡的に助かったことがある。大地にたたきつけられる寸前、枝がクッションになり守ってくれ
たのだ。

山野さんは、木の不思議なパワーをオカルト現象だと思っていない。
「夏の暑い日に、マツの木の下で休むと生気がよみがえったように清々しくなるでしょ。あれは
葉がオゾンを提供してくれるからですよ」(山野さん)

悪いのはむしろ、樹霊の声を無視して、森林を伐り倒していく人間のほうだ。と山野さんはいう。
「もう少し科学が進歩して樹霊が話すことばを翻訳できる機械ができたら、木が何を怒っている
かわかるでしょう」こう話す山野さんは、大部分の現代人がその能力失った木――自然と交信
できる、数少ない、“超能力者”なのかもしれない。

 木のたたりとは?

「山野さんが治療をする前に、手入れをした6人の造園師たちが、原因不明の事故で死んで
いるという」
――さて、これはいったいどういうことでしょう?

伐ったというならまだわかりますが、手入れをしたということです。その手入れの仕方がまず
かったのでしょうか? 木の機嫌をそこねた?
それにしても、そこからいきなり6人の造園師たちが事故で死んでいる、というのもなんだかよく
わかりません。もっと詳しい話がなければ、因果関係は不明です。

しかし、たしかに樹齢何百年、あるいは千年を超えた老木をむやみに伐採したことで、その
伐採者や関係者がなんらかの事故に遭ったという話は、一度ならず耳にしたことがあります。
ただそれも一次情報ではないので、都市伝説と区別がつかないのではありますが。

また、仮に因果関係があったとしても、それが伐られた木自体の仕返しなのかどうかはわから
ないでしょう。もしかして、その木をねぐらにしていた鳥の怨念かもしません。
というのは冗談ですが、もし本当に木のたたりがあるとするなら、それは木そのものの霊ではなく、
木に宿る一種の精霊ではないでしょうか?

もし木に意識(魂)があるとするなら、ほんらい木の魂は、傷つけられたからといって仕返しを
するような人間臭いものではありません。
もし仕返しめいたものがあったとするなら、それは木そのものではなく、樹木という生命体に
宿る低レベルの精霊だと考えるのが妥当です。
精霊でなければ、その木に関わった人の潜在意識にわだかまっている心の波動が、鏡のように、
樹木の波動に増幅されて自分に返ってきたのかもしれません。

 パワースポットと大樹のパワーの相乗効果

日本人なら、巨木が立ち並ぶ神社の境内に足を踏み入れれば、厳かな気配を肌で感じて、
そこがまさに神気のフィールドであることを知らされるはずです。
それは大樹のパワーです。

あるいは、神社というものはそもそもパワースポットに建てられるものなので、私たちが神域と
感じるのは、その場(フィールド)のパワーと、山野氏がいう巨木の癒しのパワーとの相乗の
パワーによるものでしょう。

 丑の刻参りの効果は藁人形を神木に打ち付けてこそ

さて、有名な呪法に「丑の刻参り」があります。
頭に被った五徳(鉄輪)にロウソクを立て、藁人形に五寸釘を打ち付けるというあのおどろおどろ
しいパフォーマンスですが、藁人形を打ち付けるのは、神社の神木と決まっています。
あれは、神殿の壁や柱ではなく、やはり神木に打つのがミソなのです。

神木に癒しのパワーがあるのなら、人を呪うなどという、ダークサイドに堕ちた鬼の心を癒やして
やってもよさそうなものですが、そうはいきません。

もし人を害そうというその呪いがかなうとするなら、神木は事の善悪を吟味するのではなく、それ
とは無関係にただただ、その念波を増幅するように働くだけなのでしょう。
それは、「潜在意識に善悪の判断はなく、ただそこに描かれた想念を実現するように働く」
といわれている潜在意識の特性と同じです。

そうです。潜在意識と樹木の魂は、人の念波を実現化させるということで共通しているのです。

 神木が感応するのはあくまで潜在意識の波動

ということなら、誰でも神木に寄り添って人を呪えば、呪殺でもなんでもできることになります。
いや、現実にはこれもそう簡単にはいきません。なぜでしょう?

樹木が増幅できる念波は、表面的な顕在意識の思いではなく、あくまで潜在意識の念波だから
です。「コンチクショー、あのヤロー死んじまえー」と思っても、それが表層意識の歯ぎしり程度
では効かないんですね。
樹木のパワーが共振できるのは、あくまで潜在意識の念波なのです。
そこではもはや確信化されている――、というよりは、既成事実のようになっていなければなら
ないのです。
イメージトレーニングでは、たとえばスポーツ選手なら、表彰台のテッペンに立っている自分の
姿を想像したりしますが、それが潜在意識ではすでに事実化している状態までもっていかなけ
れば効き目はないわけです。

あの丑の刻参りなどという、今ではギャグと紙一重の作法は、潜在意識にまで思念を浸透し
「成り切る」ためのパフォーマンスなのです。
照れちゃいけない。
コスチュームをまとうときから始まって、その気になる。
自己演出、自己催眠です。
「鬼気迫る」という言葉がありますが、その鬼気をみずから演じて鬼の心になるのです。
型で成り切り、心の奥底まで成り切るのです。

 願望実現はプラス(陽気)の丑の刻参りで

善悪無縁だということで、人の害を願う呪いが増幅されるのなら、自分を利する願望実現の祈り
にも使えます。ノロイの反語はイノリなのかもしれませんね。
ノロイなどという無益な執念にエネルギーを燃やすくらいなら、自分に益のある願望実現にこそ
イノリのエネルギーを使うべきです。

たとえば病気平癒の祈りも、「病気よ去れ」との念を潜在意識に刻んで、病気が消えたことがもう
既成事実のように思ってしまうまで藁人形を神木に打ち付ければいいわけです。
たんに軒端の笹の葉に短冊を吊るすよりは効果はあるはずです。

おっと…、これはたとえ話です。
頭にロウソクを立てて、丑の刻にこれをやれ、という話ではありません。
いや…、やれる環境にあるなら、やっても構いませんが。

雑多な想念に埋もれた日常生活のなかで、願望の思念を潜在意識まで浸透させるのは、
動物的でストレートな憎悪の念よりはるかに難しいです。
だからパフォーマンスの型から入れ、というわけです。

「お百度参り」というのはそういうことでしょう。
稽古を何度も何度も繰り返せば体が覚えるのと同じく、百回参詣しているうちに、ムリな願いも、
まるでそれが既成事実であるかのように潜在意識まで染みこんでいるという寸法です。
稽古が潜在意識に型を刻むのです。そのお百度参りで、深く染み込んだ潜在意識の念波を
発振しながら大樹に寄れば、念波は大いに増幅されるのです。

 神木の増幅力を機械化する

その大樹の増幅力というのは、波動の物理的なエネルギーです。
それを機械化し、潜在意識の思念の現実化力をアップさせようという目的で開発されたのが、
「テラフォースΩ」をはじめとした弊社の波動製品なのです。
その波動製品はみな、テラヘルツや隕石、磁石やクリスタル、特殊メビウスコイル、ライヒの
オルゴンボックスにヒントを得た異層金属複合体などが配された回路が内蔵されています。

イノリの火種を、現実の赤々とした炎に燃え上がらせる――、
原子炉ならぬ波動炉です。
〈了〉

植物は健康と成功の友

ジャーナリスト宮崎正弘氏のブログ・コメント欄から

2回続けて、植物を使っての成功法について書いてきました。
こんどもまたまた植物の話です(笑)

さて、個人的にいつもチェックしているサイトがあります。
中国事情に大変詳しい宮崎正弘氏のブログです。
宮崎氏は、中国のみならず世界各地を精力的に歩きまわって、大手マスコミには出てこない
ディープな情報を収集し、的確に解説しています。

とくに中国の経済崩壊について、宮崎氏は以前から訴えていました。
中国は、これまでずっと経済指数を盛んにでっち上げて、悪化の一途の状況をひた隠しに
していました。マスコミもそれに追随するばかりだったのですが、ここにきてさすがに中国政府も
操作のしようがなくなり、宮崎氏の以前からの予想通りの展開になりつつあります。

宮崎氏のブログのコメント欄は、どうも管理している気配がなく、いつも玉石混交のコメントで
賑わっています。必ずしも宮崎氏の分析に同調する意見だけではなく、反対意見もありますし、
右から左までジャンルも問わず、様々な意見や情報が溢れています。

そのコメント欄に植物の薬効に関する意見が載っていたので、チェックもしないまま、それをここで
そのまま転載させてもらおうと思います。
ただし、これらはどういう人物のコメントかも、ソースが記されてもいないので、真偽のほどはわかり
ません。たんに興味深い情報だということですので、あしからず。

http://melma.com/backnumber_45206_6260222/
2015/9/16

日本列島は薬草列島でもある。オトギリソウウザウザ(注1)など100種類はくだらない。
スギナキハダツクシもそうである。乾燥ミミズもすごい効き目がある(注2)。
植物以外でも薬効のあるものが多い。
例えば、ミミズは土竜、ソイルドラゴンと書く。解熱に最高である。ミミズは、コレステロールの
コントロールに関して、血栓を溶かすとか、めざましい薬効がある。高血圧症、LDLとかHDLの
コントロールのバランスを取るし、なぜ使わないのか不思議である。薬は要らない。

石がたまると、石を溶かす作用のあるウラジロガシを飲めば治る。尿管結石とかによい。
日本の薬草だけかき集めただけでも、90%近くの難病は治ると思う。ヨモギの餅を食べたり、
てんぷらで食べたりするのは全部意味がある。柿の葉だって、ビタミンCはお茶の30倍あるという。
びわの葉柿の葉ごぼうは最高である。

(注1)ウザウザというのは何でしょう? ネットで検索してもわかりませんでした。
(注2)植物の話といいながら、いきなりミミズの話が出てきましたが、ちなみにヒーラズラボでは、
この乾燥ミミズを添加した『ルンブレンSPゴールド プレミアム』を扱っております。お問い合わせは、
ヒーラズラボへ

http://melma.com/backnumber_45206_6260105/
2015/9/15

エキナシア(ハーブ)
天然の生薬じゃないと効かない。純化というか、精製すると効かなくなる。ヨーロッパでは、風邪を
ひいたときにホメオパシーですぐ使うものとしてエキナシアと言うのがある。エキナシアを使うことで
初期の風邪は治る。副作用もなく治っていく。

グランドキャニオンにブルースネークと言う毒蛇がいるが、あれにかまれると、数時間内に死ぬ。
ところが、アメリカインデイアンは知っていてエキナシアの葉っぱを取ってきて、もみこんで傷口に
つけてなめる、飲む、そう すると死なない。一瞬にして解毒出来る。
エキナシアは薬としても使えるし、毒消しに最高であり、免疫力を上げてくれる。薬草と言うのは
総合的に効く。いろんな成分が入っているから効く。しかし、純化したり、精製して取り出すと、効か
なくなる。合成しても全然効かない。自然界には同じ構造式でも両手みたいに対になって存在するが、
合成すると片一方しかできない。この理由が分からない。

アスピリン(柳の皮)
アスピリンは柳の皮で古代エジプトからある。白柳の樹液を抽出したのが本当のアスピリンである。
これは製造が高くつく。それで誤魔化したのがアセチルサリチル酸である。構造式が似ている
というので採用した。その代用アスピリンの 死者が年間4000人である。胃腸障害とかで死んでいる。
小児が発熱して急死するライ症候群やスティーブンス・ジョンソン症候群である。
死んでいるのになぜカットされないのか?
注意書きに書いてあるのは、副作用もあって死ぬ場合もありますと。
つまり、何億人も使っているうちの4000人が死んでも大した数ではなかろうという論法なのである。
合成すると、対でなくなり、片方しか生まれない(注3)。2つで効果があるところ、片手では片手落ち
である。これは、サイドエフェクトの問題である。天然ではうまく作ってあり、副作用もなく作ってある。

ショウガ
友人が皮膚科に行って薬をもらったが、余計悪くなった。大学病院で3時間待たされて、3分間だけ
診てもらい、結局、抗生物質の処方箋をもらっただけである。その後、インフルエンザになった。
たぶん、病院でうつされたのだろう。
その場合、ショウガ、ニンニク、ステーキをカレーにして食べて、免疫力を高めていれば、病気には
ならなかったと思われる。ショウガは湿った土の中に生きるもので、いろんな菌に攻撃されるから、
それを防ぐ成分が入っている。それを飲むだけで治る。それにごぼうを加えたら最高になる。
洗脳されている人だったら、まず病気になる。それで医者に行く。いろいろな要らない薬をもらって
余計悪くなる。結局、 自然に治るまでの期間が長くなるだけである。

ウコン
分析化学で定性分析して、ウコンの中の成分でクルクミンと言うのを抽出すると、あるサプリメント
業者がクルクミンを入れて売り出したところ、2~3人が死んでしまった。精製して単純化するのが
進化だと思っているが間違いである。
生薬は効果があるが、製剤にすると効かなくなる。自然物は、素晴らしい効果を発揮してくれる。

最初の大きな間違いは、症状にすぐ効くぞと言うのを人間は求めるところがあり、それをうまく利用
したのがロックフェラー集団である。本当の治し方は、全部トータルで治していく。
東大でダメだと言われた患者が、国立がんセンターで余命2週間とか3週間とか言われモルヒネを
打っている状態なので「痛い、痛 い」と言っている。
ところが、デトックス(解毒)をやると痛みが全然なくなり、免疫力や自然治癒力が回復してくる。
自然治癒力を最大限に引き出し、デトックスをすれば、治ってしまう。
3日の断食をするのが最高である。水だけにしておくと自然治癒力が増してくる。

人間の体は、菌とウイルスの共存共栄で生きているので、綺麗にしすぎると、その人は病気になる。
常在菌は必要なのである。バランスの問題なのである。製薬製剤で大きな間違いを犯しているのは、
効かないものを目先で効くということは証明できるからである。だから、これで騙されるのである。
効くというのは速いが副作用もあるということである。

(注3)これは、分子構造の話だと思われます。

http://melma.com/backnumber_45206_6260422/
2015/9/16

レイモンド・ライフという人が、すべての病気を特殊な周波数で治せる機械(波動療法)を開発して、
科学雑誌に取り上げられ有名になったが、いきなり工場が爆発されて、嫌がらせを受けて、貧乏な
廃人として死んでしまった。

遺伝子組み換えジャガイモでラットに例外なく免疫異常が出た。このことを告発しようとした医者が
研究所を首になり、すべての資料を差し押さえられた。遺伝子組み換えに逆らったり真実を言おうと
した研究者は、研究施設を破壊されたり、資料を全部持っていかれたり、ものすごい弾圧にあって
いる。遺伝子組み換え作物の9割以上はモンサントである。
日本のマスメディアは、遺伝子組み換えについての情報を全く流さない。
大麻についても、体にいいということがわかっても、体に悪いという結果を出す人だけに研究費用が
出る。
「モンサントの不自然な食べ物」というドキュメンタリー映画に、メディアは一切 無視している。
ワクチンの有効性を審議する政府委員会のメンバーが製薬会社から金をもらっているので、正しい
評価などできない。科学雑誌の半分の論文は誤り、ペテン、捏造、ごまかしである。
「現代医学は、死の教会で、その神は死神である。」とメンデルソン医師の言葉は真実なのである。

テラヘルツの話題が一行だけありました。
テラヘルツに関してはいずれ詳しく紹介するつもりですが、ここはまあ、赤外線域からサブミリ波に位置する
周波数帯の波動だと考えてください。このテラヘルツが電磁波のなかでも特殊なのは、あらゆる生命にとって、
生理活性効果のある普遍的な波動だということです。

植物に嘘発見器をかけたクリーブ・バクスターや、サボテンに優しく語りかけてそのトゲをなくすことに成功した
ルーサー・バーバンクなどの、人間と植物の交信も、このテラヘルツによって行われたのではないかと想像され
ます。

http://melma.com/backnumber_45206_6264074/
2015/9/26

テラヘルツの波動療法で、16人の末期癌の患者を全部波動で治したら、治した人が殺された。

これが何を表しているかというと、石油化学系の製薬会社の陰謀だというわけです。
さて、最初にお断りしたように、この話の真偽を確かめることはできません。が、平和になったら軍事産業が
もうからなくなるのと同じく、かんたんで安上がりに病気が治ったりしたら、既存の製薬会社がもうからないという
オトナの事情があるのは事実です。
いまの医療費の大半は、高価な化学系薬剤で占められています。

次は、中国の土地の買い占めという話です。

http://melma.com/backnumber_45206_6264074/
2015/9/26

2014年4月ネバタ州の牧場に5000人近い武装した民兵やカウボーイが結集し、連邦政府土地
管理局(BLM)を撤退させる「バンディ牧場の決闘」が米メディアを賑わせた。
事の発端は、1880年から牧場を営んできたクリブン・バンディ氏の牧場でアメリカ政府機関である
土地管理局が武力を行使して牧場主のバンディ氏を追い出そうとしたことである。
政府の真の狙いは、「牧場地の地下に埋蔵されている資源の開発」と「その土地を利用した太陽光
発電」のために押さえようとしたという。その後の情報では、奪った土地を中国企業に売却しようと
画策していたことが発覚した。
おそらく、中国に米国債を買ってもらうことで延命を図ろうとするオバマ大統領及び政権を裏から
操る連中が、中国への貢物として考えていた。
幸い、立ち上がった民兵とカウボーイが闇の支配者が入りこむ政府機関の連中を追い返したことで、
その計画は頓挫した。

この事件のように、日本もまた「国土を狙う外資」と「外資を手引きする国内勢力」と言う図式が存在
している。現在、日本の山林が外資系企業を中心に買い占められている。
外国法人または外国人と思われる森林買収は、2007年から2013年の間で、79件・980haとなっている。
このうち9割以上を北海道が占めている。

改めて植物波動成功法

さて、いかがだったでしょうか。

まず、これらの投稿は、ソースが示されていませんので、信憑性はわからないということを改めて断って
おきます(検証もしていません)。
ただ、日本の場合、山林のみならず、水源が狙われているという中国の買い占めが問題になっている
のは事実ですね。
中国においては、山林面積の減少だけではなく、無謀な土地開発と、その結果としてのきれいな
水資源の枯渇が死活問題となっているのです。

この買い占め問題は除いて、今回転載した記事は主に植物の薬効の話であり、植物と人体の生理的な
薬効の話です。一見、眉に唾をつけたくなるような話もあるでしょうが、薬効という点では事実です。

それに対して、これまで2回にわたって書いてきた「植物成功法」というのは、化学成分による人体の
生理的な反応というのではなく、あくまでも人の想念と植物とが共鳴する、気脈が通じるという常識を超えた
話になります。
その交信手段(媒体)がテラヘルツ波ではないかと推測するわけです。

植物による伝統呪術例

前回もちょっと書きましたが、植物を用いた日本の広い意味での伝統呪術例として、ざっとこんなものが
あります。

■門松
■節分の豆まき
■菖蒲湯
■中秋の名月に飾るススキ
■酒蔵に吊るす杉玉
■神棚に祀ったり玉串奉納の榊
■大幣(大麻)
■御柱祭

これらは、植物を用いたまじないなの一種でしょうが、その根底には植物波動の効力の、古来からの
体験があったのだろうと思います。
習俗化し、形骸化されたものだとしても、原点にはやはりそれなりの植物力を古代人は感じていたの
です。

これらはみな、福を招くために植物の力を借りようというものです。大幣や豆まきのように邪気を祓う
道具もありますが、それもまた祓ったのちに福が招かれるという考えによります。
欧米のハロウィーンのカボチャの繰り抜きや、バンパイア除けのニンニクだって、カボチャやニンニクの
波動を知っていたからではないか…。
つまり、これらは植物波動を利用した成功法なのです。

七夕があったじゃないか

このような例よりもっと端的な例があることを忘れていました。
そう七夕です!

♪ささのはさらさら のきばにゆれる
おほしさまきらきら きんぎんすなご
ごしきのたんざく わたしがかいた
おほしさまきらきら そらからみてる

ちなみに、この動揺のタイトル、覚えていますか。
『たなばたさま』だったんですね。すっかり忘れていました。

願い事を書いた五色の短冊は、軒端の笹の葉に吊るすのでした。
まさに、そのものズバリじゃありませんか。

呪いの丑の刻参りだって、五寸釘を打ち付けるのは、巨木が決まり事になっています。
植物に願いを託すというより、想念を植物波動によって増幅させるのだと考えます。

ただし、植物波動は微弱です。
それを増幅するのが、テラヘラツや磁石を用いたヒーラーズラボの波動装置なのです。
植物波動はまず、人の願望の想念と共振します。
その共振波動をさらに増幅し、この世に実体化させるのが、テラヘラツ(人造鉱物)や
磁石を組み込んだ波動装置
なのです。

だからこれは実行力のある七夕マジックであり、それを7月7日だけではなく、年がら年中
やりましょうという話です。
しかも、より簡素化して。
それが「植物波動成功法」です。
〈了〉

植物を味方にすれば勝ち

前回の植物の話に、ちょっと補足します。
だいぶ前になったので、きっともうお忘れかもしれませんが。

植物は地球の覇者です。
その植物を味方にすれば、成功法はより強力になるという話です。
植物を味方にしない手はありません。

地球は植物が作った温室

地球上の動物は、植物と手を組めば繁栄し、植物と敵対すれば滅びるといって
いいでしょう。動物は動けるとはいえ、植物が作った温室の中でしか生きられ
ない、か弱い葦にすぎません。
というのは、何よりも植物は、動物が必要とする酸素を大量に生産して、原始
地球の大気を改変したからです。その酸素によって、あらゆる動物は生きてい
ます。酸素はわれわれ動物の電源なのです。

呼吸だけではありません。酸素はオゾンを作ります。そのオゾンが上空に層を
作ることで、紫外線の地上への侵入を食い止めています。紫外線は生物にとって、
遺伝子を破壊される破壊光線です。オゾン層がバリアとなって、その紫外線から
生物を守っているんですね。
そのバリアのおかげで、生命は海から陸上に上がって地を駆け、空を舞うことが
可能になったのです。地球がビオトープだとすると、植物なしでは生態系は循環
せず、動物は住めないのです。

戦略的互恵関係

動物は、その植物をエサとして取り入れ、体内で分解し、最終的に酸素と反応
させることでエネルギー源にしています。
植物にとっては、動物なんて寄生生物にすぎないわけですから、毒を使って滅ぼ
してもよかったはずです。ところが、植物の多くは動物を受け入れました。

葉や茎、根を食べられる一方ではなく、虫に蜜をやることで花粉を運ばせ、爬虫
類や鳥類、哺乳類に果実を食べさせることで種を遠くに運んでもらうことにしました。
ギブアンドテイクの共生です。どちらか一方が生き残る戦いではなく、お互いに
メリットがある関係を築いたのです。いわゆる、戦略的互恵関係ですね。

戦いもあるが

とはいえ、植物も生物ですので、それなりに戦ってきました。
身動きできないとはいえ、けっして非戦の無抵抗主義ではないのです。
この自然界は、弱肉強食です。それが地球の鉄則です。

植物の敵はまず植物です。枝葉を広げて日光を奪い合う空中戦のほかにも、
土中の根では、制空権ならぬ、制土権が争われます。根から化学物質を出して、
周囲の植物の発芽や成長を妨害します。この化学的な攻撃を「アレロパシー」と
呼んでいます。ほとんどの植物は、このアレロパシー物質を持っていて化学戦を
行っています。

あの背高(セイタカ)が低くなった

なかでも強力なアレロパシー作用を持つ植物として、セイタカアワダチソウが
知られています。帰化植物が話題になるとき、真っ先にやり玉にあがるのが
アメリカからやって来たこのセイタカアワダチソウです。

【セイタカアワダチソウ】「季節の花 300」

seitka5

繁殖力が強く、その名のとおり2~3メートルもの高さになり、日本の在来種を
駆逐して河原などに一面に生えていました。ところが、日本を占領しようという
勢いだったヤンキー植物に、変化が現れているのです。在来種を席巻して密集
すると、どうやらその毒が自家中毒となったようなのです。

また、初めはセイタカアワダチソウの化学兵器の性質を知らなかったススキやオギ
などの在来種も、病原体と免疫細胞との攻防のように、防御策が開発されたので
しょう。背高のはずが、いまでは身の丈を知ったらしく、50センチ程度で身を屈
めているようです。
「神の見えざる手」というのは経済用語ですが、どうやら植物界にも自然のバラン
サーがあるみたいです。

植物を見たら毒だと思え

自分を食べる虫やその他の動物には、トゲや擬態で防御するほか、やはり毒を使う
のがポピュラーです。植物に毒があるのは珍しくありません。
毒といえば、トリカブトが有名です。「トリカブト事件」の名で世間を騒がせた保険金
殺人の犯人は、このトリカブトを使って殺害しています。

【トリカブト】(出典:厚生労働省)

0000082104

「馬酔木(あせび)」の名は文字通り、馬が葉を食べれば毒に当たって、酔ったよ
うにふらつくことになるところからついたようです。葉を煎じて殺虫剤に利用されて
います。

ハーブの香りも昆虫を寄せ付けないためにあります。ヨーロッパでは窓辺にゼラ
ニウムの鉢が飾られていますが、あれも虫除けのためです。ゼラニウム版虫コナ
ーズですね。
それよりも、その名もズバリ除虫菊(シロバナムシヨケギク)があります。いわずと
しれた蚊取り線香の原料です。日本の夏、金鳥の夏、です。このKINCHOの
正式社名は大日本除虫菊株式会社で、それを初めて知ったとき笑った覚えが
あります。まあ、いまでも笑えますが。

ほかには、イラクサ、ウルシ、キョウチクトウ、シキミ、ジギタリス、ヒガンバナ、
ベラドンナ、マチン(ストリキニーネ)…など、無数にあります。
ふだん食用としている植物のなかにも、イチョウ=ギンナン(ギンコトキシン)や
青梅(シアン化水素)、ジャガイモの芽(ソラニン)、ワラビ(プタキロサイド)
のように、処理法によって無害化し食料とされる種もあります。

蓼(タデ)食う虫も好き好き

ところが、植物がせっかく作った毒なのに、虫や動物のなかには、その毒をもの
ともしないものもあります。毒をものともしないどころか、その毒を体内に蓄積
させて、ちゃっかり天敵からの防御に使っているしたたかな虫もあります。

マダラチョウ科のチョウは、幼虫時代に食べる植物は異なっていても、みな体内
に毒を持っています。ジャコウアゲハの幼虫は、ウマノスズクサの毒もおかまい
なく、その葉をムシャムシャと食べて丸々と太ります。

ヘクソカズラ――もう名前だけで近づきたくない感じですが、たしかにこれは
植物版のスカンクというべきもので、悪臭で身を守っています。ところが、この
汁を好んで吸うヘクソカズラヒゲナガアブラムシという虫がいます。アブラムシ
の天敵はテントウムシですが、テントウムシもこの臭いアブラムシには食いつき
ません。

ご存じのように、コアラはだれも食べないユーカリの葉だけを食べます。ユーカリ
にも毒がありますが、コアラはこの毒を分解できるからです。そのために腸まで
長くしました。ほかにだれも食べない植物をエサにするというのは、それを独占
できるわけですから、合理的な戦略ではあります。

植物の毒が好きな人間

しかし、人間というのは悪食で、いろんな毒を好みます。
フキノトウやタラの芽の苦味はもちろん、ワサビやトウガラシの辛味も好んで
食べます。トウガラシのカプサイシンも、もちろん香辛料にしてもらうためでは
なく、食べられないための防衛です。

コーヒーを飲むとオシッコがしたくなりますが、あれはカフェインの毒をはやく
排泄しようという生理学的な反応なのだとか。
お茶や渋柿の元となるタンニンは、昆虫の消化酵素に働いて消化不良を起こして
撃退しようという戦略ですが、人間には食物のタンパク質と結合して下痢を止め
る作用を持ちます。下痢止めの薬草として知られるゲンノショウコの薬効成分の
1つがこのタンニンです。

人間にとっては無毒でも他の動物には毒になるケースもあります。料理に欠かせ
ないネギやタマネギは、その消化酵素を持たないイヌやネコにとっては毒となり、
大事にいたることもあります。チョコレートやココアなどは、私たちには食指を
動かすいい香りですが、カカオの成分であるテオブロミンが、イヌやネコの中枢
神経を刺激して害をおよぼします。

他の虫や動物は、生き残りのための戦略で、なんとか工夫して毒に対応していっ
たのに対し、人間は嗜好で、食べなくてもかまわない毒をあえて好んで食べるの
ですから、植物はどう思っているでしょう。

弱毒化

しかし、人間の嗜好の対象になった植物は、それによって重宝され、広く栽培さ
れたりするのですから、植物にとっても都合がよく、これは共生関係です。これ
は人間のタフさというよりは、植物が毒性を緩めているからです。

たしかに、もし食べたら100パーセント死ぬ毒なら、誰も近付かなくなります。
それでひとりで悠々と繁殖できるのならいいでしょうが、虫に花粉を運んでも
らったり、鳥や動物を使って種を運んでもらったりして合理化の道を選んだ他の
植物のなかで競合していくには、「甘い水」を用意してやるほうが都合がいいで
しょう。それが果実です。

とはいえ、もし葉や実がおいしくてたまらないのだったら、全部食べられて子孫
が遺せなくなる可能性があります。だとしたら、大量に食べたら危ないよ、とい
う程度に毒性を抑えたほうがベターです。その結果としての弱毒の苦味や辛味、
渋味や酸味に人間がうまく対応したのです。

弱毒化は、植物の共生の戦略です。ふつう、自然界では苦味は毒の危険信号であり、
甘味は食べてOKの青信号です。なお、子供がピーマンを嫌がるのは苦いからで、
本能的に備わっている味覚なので、無理に食べさせる必要はありません。

幅広い植物の効能

食料やコショウなどの香辛料、燃料、道具や建築資材、紙の原料にするほかにも、
植物は様々に役立ってきました。

染料――紅花、藍、クチナシ、タンニン
繊維――綿、麻、ジュート
油脂――ヤシ、オリーブ、ゴマ

また、お酒を忘れてはいけません。大麦によるビール、ブドウによるワイン、米
による日本酒などの酒類や、コーヒーやお茶がなければ、この世はなんと味気
ないでしょう。人はパン(小麦)のみに生きるにあらず――、酒(大麦、ブドウ)や
タバコ、砂糖にも溺れてきたのが人間です。

薬草というように、植物は薬物にもなります。漢方薬はもちろん、植物からは様々
な薬剤が作られています。マラリアの特効薬キニーネはキナの樹皮、強心剤で
有名なカンフルはクスノキの樟脳、モルヒネはケシの実、気管支拡張剤のエフェ
ドリンはマオウが原料です。

古来より重宝されてきた大麻

大麻ひとつとっても繊維や薬物、道具の材料として、日本人は昔からこれを大い
に利用してきました。どこにでも生えるし、成長も早い(半年で3m)ので、なかなか
使い勝手のいい植物だったのです。

神主がお祓いをするときの大幣(おおぬさ)も、本来大麻と書くように、棒の先に
麻苧(麻糸)をつけたものです。

Google画像検索【大麻】

麻苧をつけた大麻(大幣) 出典:ウィキペディア【大麻 (神道)】

日本ではタバコのように喫煙する習慣もなく、ありふれた農作物にすぎない存在
でした。それが不当にも規制されたのは、戦後、GHQの指令によって大麻取締法
が制定されてからです。アメリカではマリファナを喫煙する習慣があったんですね。
以降、日本では農作物として生活に密着していた大麻が、大麻といえばすぐ麻薬
が連想されるように、大麻取締法によって一気におとしめられてしまいました。

※「大麻」にはいろんな別名があります。「マリファナ(スペイン語)」、
「カナビス(英語)」、「ガンジャ(ヒンズー語)」など。また衣類・燃料・
建材として使う品種を「ヘンプ」と呼んでいます。要するに「麻」ですね。

しかし、マリファナに含まれる化学物質、カンナビノイドから、制吐剤や鎮痛剤が
製造され、医療大麻として世界的に活用され、再評価されつつあります。
が、日本ではまだ大麻取締法によって、医療目的でさえ使用どころか輸入も所持も
禁止されています。

大麻は麻薬ではない

麻薬といえばまずこの大麻がやり玉にあげられてしまいますが、問題の人体への
副作用は、他の医薬品の副作用の範囲内であり、アルコールやタバコよりはるか
に害が少ないことがアカデミックな欧米の医療機関で確認されています。

誤解を受けるのは、やはりこの「麻」の字でしょうか。麻の字はあっても、大麻には
いわゆる「“麻”薬成分」は含まれていないのです。まあ、ハーブの一種と思えば
いいでしょう。自然由来の鎮痛剤として有効度が高く、副作用もほとんどないので、
いまでは麻薬の制約を解いてもかまわないというのが世界的な潮流です。

だいたいアメリカで1937年に初めて規制されたのも、大麻課税法という法律で、
大麻原料の繊維製品に課税するというものです。つまり、麻薬を規制する法律で
はなく、合成繊維普及のための産業振興政策によるものだったのです。

植物で大儲け

常習性のある危険な麻薬は、ヘロインやコカインです。ヘロインはケシ(アヘン)
から、コカインはコカノキが原料で、覚せい剤の原料にもなる大もとのエフェドリンは、
麻黄(マオウから抽出されます。
なお、違法な麻薬に関しては、いま国際麻薬マフィアが動かしているのは、覚醒剤、
ヘロイン、コカイン、大麻の合計で、年間およそ250兆円もの金額になるそうです。

このように人間に利用される植物は、裏を返せば、人間を使って繁栄していると
いってもいいのです。毒性のある麻薬はともかく、共存共栄です。
オランダはチューリップの栽培で、イギリスは香辛料の貿易で莫大な富を得ました。
まさに植物によって大儲け(成功)したわけです。

日本の繁栄は豊かな森林を有しているから

地政学的には辺境の島国日本が、欧米に伍して繁栄しているのは、国土の7割が
森林であることと無縁ではないと考えます。核の傘という言葉がありますが、1万数千
年前の縄文のはるか昔から、日本は7割が山岳の緑の傘に護られているのです。
さらに平野も、かつては一面の緑だったでしょう。

100万人もの人口を抱えた江戸は、あの時代、世界で最も栄えた街でした。
下町の庶民のドブ板長屋を想像すれば、埃っぽい殺風景な家並みだけだと思いがち
ですが、山の手の武家屋敷を囲む林や寺社が所有する森も広大で、江戸市域全体の
緑被地率は42.9%と、世界でもまれなグリーンシティだったようです。
繁栄の源泉はやはり緑なのです。あの頃は、隅田川も清く、きれいな遠浅の海が続い
ていました。

山の豊かなミネラルが清流によって運ばれ、平野を肥やし、海もまたそれによって豊か
になります。そのような物質的な貢献だけではなく、山の気(波動)が下界を潤すのです。
森林を伐採すると国力は失われます。それはたんにエネルギー源や材木が枯渇する
からというだけではなく、森林の目に見えない、私たちを応援してくれる生命エネルギー
が枯渇するからです。

植物は、基本的に動物と共生しようと考え、共栄の波動を送ってくれています。
そう考えると楽しいです。もしこちらが好意的な意識を送れば、波動は共振して強力に
なります。

森林を伐採し尽くした中韓

同じアジアでも、中国は経済的に発展するにしたがって、森を収奪し、各地で山を
丸裸にしてきました。いま、経済破綻をきたしつつあるのも、まさにそのツケが回って
きたのだと思います。それもまたたんに砂漠化するとか、土砂崩れを起こすといった
物理的な問題だけではなく、やはり植物の守り神がいなくなるからだと思うのです。

李朝時代の韓半島もそうでした。日韓併合のとき、あらゆる山が丸裸でした。
社会は貧しく、貨幣もほとんどなく、物々交換という前近代的な有様でした。政府は
まず、全国の山に植林しました。それはインフラ整備や学校を作ることより大事だった
かもしれません。朝鮮戦争の悲劇はありましたが、その後の復興は、緑化の成果では
なかったでしょうか。

植物の共生波動を肌で知っている日本人

日本人は不思議な民族です。校倉造りの正倉院の宝物が、千数百年を経ても盗掘に
も火災にもあわず、そのまま遺されています。箸墓古墳や仁徳陵などの巨大古墳も、
おそらくそのまま遺されているのではないかと考えられています。

古くから鎮守の杜には手が加えられません。
縄文時代から食用のクリの木などは保護されてきましたが、時代を経るにしたがい、
木材需要が増加して、飛鳥時代の676年には、天武天皇の命で、すでに畿内におけ
る森林伐採禁止令が出ています(伐採禁止令の最古の記録)。たとえ材木や薪とし
て伐採したとしても、寺院や神殿造営に巨木を使う日本人は、樹木への畏敬は自然
に備わっています。
いや、むしろ、樹木を畏敬するからこそ、石ではなく、木の文化を構築したとも思われ
ます。

釈迦が解脱するさい、菩提樹の下で瞑想したといいますが、あれはたんに日除け
や雨除けではなく、その木の波動を守り神にしたのではないかと思います。
植物はけなげなものなのです。

 ※釈迦がその下で悟りを開いたというのは、クワ科のインドボダイジュ。
シナノキ科のボダイジュとは別種。

インドボダイジュの葉は先端がこんなに尖っています
【インド菩提樹】「季節の花 300」

植物というのは、草木一本が単独の個体として孤立しているのではなく、種族が
みな同調しています。たとえばプラタナスなど、森の一本の木が虫に食われると、
フェノールやタンニンなどを作って防衛態勢がとられます。それをきっかけにして、
まだ無害の木々が、まるで仲間の警戒音を聞いた動物のように、次々にフェノール
やタンニンを作り、やがて森全体に広がっていきます。

これは、虫に食われた木が、特殊な揮発物質を出すことで、他の木々がそれを
警戒信号として感知するからです。
だから、反対に木を一本味方にすれば、森全体を味方にすることにもつながる
ということです。

植物はまず「与える」戦略をとった

8月に出版された、稲垣栄洋氏著『たたかう植物』(ちくま新書)のあとがきは、
なかなか示唆に富んでいました。
長くなりますが、転載させていただきます。

自然界は「弱肉強食」、「適者生存」の世界である。
もちろん、ルールも道徳心もない。すべての生物が利己的に振る舞い、傷つけ
あい、だまし合い、殺し合いながら、果てしなき戦いを繰り広げているのである。
まさに殺るか殺られる、仁義なき戦いがそこにはあるのだ。
しかし、その殺伐とした自然界がたどりついた境地はなんだっただろうか。
植物は菌類との戦いの末に、菌類の侵入を防ぐのではなく、共に棲む道を選択
した。
そして、昆虫との戦いの結果、花粉が食べられることを防ぐのではなく、花粉を
狙ってきた昆虫に花粉を運ばせるという相利共生のパートナーシップを築いた
のである。
さらに動物との戦いの末に、子房の食害を防ぐのではなく、胚珠を守っていた
子房を利用する方法を発達させた。そして、子房を肥大させて果実を作り、
動物や鳥にエサとして与える代わりに種子を運ばせるようになったのである。

植物は強大な敵と戦うだけでなく、敵の力を利用することを試みた。そして、
戦いの末に、植物は敵である生物と双方に利益のある共存関係にたどりついた
のである。
殺伐とした自然界で、同盟を結ぶために植物がしたことは何だったのだろうか。
菌類との共存関係を築くために、まずは自らの体内に菌類を招き入れた。昆虫
との共存関係を築くために、花粉が食べられることを許し、さらには昆虫のエサと
なる蜜を用意した。そして鳥や動物に種子を運んでもらうために、果物という魅力
的な贈り物を先に施したのである。
他の生物と共存関係を築くために植物がしたこと、それは、自分の利益より相手
の利益を優先し、「まず与える」ことだったのである。
「与えよ、さらば与えられん。」植物はこの言葉を説いたイエスが地上に現れる
はるか以前にこの境地に達していたのである。

相手のためを思う植物波動をさらに増幅する

植物は、まず自分を襲う相手に対し、その益になることをしてやろうと考えました。
遠回りでも、それが防衛戦略です。
その甘露から蜜や砂糖を取り出すのではなく、波動として頂戴するのです。
利他イコール利己、相手にまず与えることが自分の利益になる。
そう考えれば簡単です。

それは植物の単純な戦略です。
利他というのは動物にはなかなか難しい話です。植物のように食べられてもまた
生えてくる葉や茎のように、提供できる体はありません。
アンパンマンのように体の一部をすげ替えるわけにはいきませんから。

しかし、植物は本能として、その戦略が遺伝子レベルまで身に染み付いている
わけです。何のためらいもない。
「与えよ、さらば与えられん」。なるほど、なるほど。
その植物の波動を、有効利用させていただこうという寸法です。

自分に水をやり、肥料を与えてくれる相手(あなた)に対し、とくに実をつけない
植物は、あしたも水を与えてもらうために、よりよい生活をしてくれよ、という波動を、
戦略的互恵として周囲に放ちます。

それは、「気」の入っていない、大量生産の御札より霊験あらたかでしょう。
それを私たちの潜在意識に取り入れ、アカシャエネルギーで増幅するのです。
それが「植物波動成功法」です。
ただし、植物波動は微弱です。
それを増幅するために、波動装置があるのです。

成功のために利用するべき生薬波動

漢方薬は生薬といいます。その生薬というものは、植物から抽出された薬効成分が
化学的に作用するだけではなく、その薬効成分を手がかりに植物の波動とチュー
ニングすることで、私たちの歪んだ生理が調整されるという効果があるのだと考え
ます。
もちろん、これは現代科学の考えではありませんし、証明もされていません。
あくまで波動論としての考えですので、あしからず。

天下をとった徳川家康が、漢方薬に通じていた話は有名です。家康が出てくる
時代劇では、必ず薬研でゴロゴロと薬草を潰している姿が描かれます。
天下をとるには健康で長命でなければいけないという考えのもとに、みずから
薬草を調合していたのです。
たしかにそれで生理的な健康効果はあったのでしょうが、それと同時に、植物と
語らうことで、その波動を味方にしていたのかもしれません。少なくとも植物
には敬意を払い、雑に扱うことはなかったのです。
山川草木悉皆成仏ならぬ、草木生薬悉皆援軍です。

家康に恐れられた秀吉の軍師黒田官兵衛の黒田家も、昨年のNHK大河ドラマでは、
黒田家を興した祖父の重隆が薬草に通じ、目薬売りで身を起こして成功したとして
描かれて、メグスリノキまで登場しています。
このエピソードから、やはり植物を味方にすれば成功するという例にしたかった
のですが、残念ながら黒田家が目薬を売って財をなしたというのは、史実的には
確認されていません。

中秋の名月にはススキを供え、神棚には榊を祀り、正月には門松を飾り、酒蔵は
杉玉を吊るします。榊は神が宿る依代(よりしろ)という考えです。
植物に神が宿るというのはアニミズムの一種だとしても、やはり日本人には伝統
的に植物への畏敬があります。

そこにはやはり、古来から体験してきた植物波動の効験の裏打ちがあったのだと
思います。
その伝統の精神は、私たちの深部の潜在意識に受け継がれています。

潜在意識を活性化(バイブレート)させるためにも、植物波動を利用しない手は
ないのです。
〈了〉

気配の正体は「準静電界」

誰にでもある超能力

日経の電子版に興味深い記事がありました(2015/7/20)。
タイトルはこうです。

何となく感じる「気配」の正体? 「準静電界」とは
サメやナマズが持つセンサーが人間にも

今回は、前回の続きで「宇宙エネルギー」についてお話しするつもりでしたが、
それは後回しにして、この記事を紹介させていただきます。

オカルト話や超能力は信じないという人でも、気配を感じるというのは案外あるの
ではないかと思います。

いままでそこに誰かいたような気がする。
ドアの向こうに誰かいるような気がする。
足音もしないのに、背後から人が近づいてくるような気がして振り向けば、
やっぱり人がやってきた。

武術ではこれが付きものです。よくありますよね。囲炉裏にかけた鍋の様子を見て
いる男の背後から、曲者がそっと忍びよって手裏剣を放つと、とっさに手にとった
鍋蓋で手裏剣は防御されてしまうという。まるで背中に目がついているように、
闇討ちも難なくかわされてしまいます。
武人につきものの能力というか、武術の達人は、この殺気の感知能力に優れて
いることによって達人足りうるのです。

合気道の達人は弾をもよける

合気道の創始者、植芝盛平などは、素手で剣道の高段者を打ち負かしたといいます。
剣先から白いモヤのようなものが飛んでくるので、それをかわして懐に入り込めば
いいのだということです。
これは銃でも同じで、弾の前に白いモヤが飛んでくるので、それをかわせば済む
といって、じっさい、それをやってのけたといいます。ただし、野生動物と真剣
勝負をしているマタギに銃を構えられたときは、あなたの弾は当たる、といって
降参したのだとか。マタギも達人だったのでしょう。

武術気功では、これは不思議でもなんでもなく、相手の「気」が察知されたのだと
解釈されます。心眼というのは、まさに気配を感知するレーダーなわけです。

その「気配」について、科学的なアプローチがされています。
日経の記事では、東京大学生産技術研究所機械・生体系部門特任准教授の滝口清昭
氏のレポートを紹介しています。それによると、気配の正体は「準静電界」ではないか
というのです。「準静電界」というのは、私たちの体の周りを覆っている「電気の膜」の
ことです。

もっとも「気」には、電磁波も認められているので、この「準静電界」というのも、
これまで人がその五感以外のセンサーとして使ってきた気の一種なのかもしれません。
武術の達人とまではいかなくても、私たちの第六感のようなものも、とくに超常現象
ではなく、誰にでもある電気的なセンサーではないかと考えられるわけです。

では、長くなりますが、転載させていただきます。

■人が帯びている「準静電界」が気配の正体?
「人間の体の周囲には、静電気のような、ごく微弱な電界が全身を包むように
存在しています。電界の大きさやプラス・マイナスが常に変化しており、これを
『準静電界』と呼びます。気配と呼ばれるもののすべてはないにしろ、一部に
ついてはこの準静電界が関係していると考えています」と滝口さん。
体の中では、常に微弱な電気が生じている。筋肉を動かす、脳が体に指令を出す、
心臓などの臓器が働く、さらには細胞と細胞が情報伝達するといった場面でも、
電気的な信号が生まれる。例えば、脳波や心電図、筋電図などは、脳や心臓、
筋肉に流れる電気信号を“見える化”したもの。体内で発生する電気信号は、生命
活動そのものでもある。このような体内にある微弱な電気が重なり合い、体の
外側ににじみ出て、見えない電気のベールで全身を包み込んでいる。
これが準静電界だ。

準静電界は、電波のように空気中を伝わることはなく、人体の周囲にとどまり、
そこで強まったり弱まったりといった変化を繰り返 しているという。準静電界は、
人間だけでなく、動物や植物など、生物すべてが持っている(生体電位とも呼ばれ
る)。ただし、非常に弱いので感知するのは難しいそうだ。

■サメやナマズは鋭敏に準静電界をキャッチ
「ところが、この準静電界のごくごく微弱な電位を感知できる動物がいるのです。
サメやエイ、ナマズなどの魚類、またオーストラリアに生息する哺乳類のカモノハシ
などです。これらの生物の体には、準静電界を感知する“電界検出センサー”が
備わっており、このセンサーを使ってエサを捕まえる。視界や嗅覚が利かないよう
な環境下でも、これなら高精度にエサを認識し、捕まえることができます。
このセンサーは視覚や聴覚などよりも古い、非常に原始的な感覚器だと考えられ
ます」(滝口さん)
例えばサメの場合、3メートルほど離れた場所から、砂の下40cmくらいのところ
に潜んでいるヒラメを検知することができるという。光が届かない深海でも、
ヒラメが身にまとう準静電界を鋭敏にキャッチして忍び寄り、アタックするわけだ。
ちなみに、通信用の海底ケーブルがサメにかじられて問題になったことがあったが、
「ケーブル周囲に発生する電界をエサの魚と勘違いしたようです。
最近は、サメからの襲撃を防ぐため、 ケーブルの周囲に電界が漏れないような工夫
が施されています」と滝口さん。

では、その電界を検出する器官はサメのどこにあるのだろうか。滝口さんはこう
説明する。「サメの頭部には、電界を感知する小さな穴がいくつも開いています。
この穴が、『ロレンチニ瓶(びん)』と呼ばれる電気受容器です。ロレンチニとは、これを
発見したイタリアの学者の名前、瓶はこの穴がフラスコのような形をしていること
に由来します。穴の奥には複数の有毛細胞があり、これらが超高感度で電界を感知
し、それをさらに高電圧で増幅させて認識していると考えられます。
実は、このロレンチニ瓶に似た器官は、我々人間にも存在します。それが耳の奥に
ある内耳です」

■人間の気配センサーは内耳と体毛?
内耳には、カタツムリの形をした「蝸牛(かぎゅう)」という器官があり、聴覚をつかさ
どっている。この中には“毛”の生えた細胞、つまり有毛細胞があり、外から入って
きた音を振動として捉え、電気信号に変えて神経に伝えている。そう、ここにも
ロレンチニ瓶と同様の有毛細胞があり、盛んに電気活動が行われているのだ。
「人体の中で一番電圧が高い組織は、この内耳。脳や心臓よりもはるかに高い
電圧が常時生じています。私たちは、この内耳がロレンチニ瓶の名残ではないか
と考えています」と滝口さんは話す。
ここで、冒頭の「気配」の話に戻ろう。つまり、この“毛”もあって、電圧も高い内耳
こそが、人間においては準静電界を感知する器官ではないかと、滝口さんらは考え
ているわけだ。

「世の中には、流星の音が聞こえたり、星が流れる気配が分かったりする人がいて、
流星観察の場で重宝されています。ある調査では、大学生の約2割が聞こえたり、
感じられたりするそうです。こうした人たちが、もし内耳で電界の変化を検知して
いるとしたら、音が聞こえることと、電界の変化を検知して気配を感じられることは、
同様の現象だといえるのかもしれません」(滝口さん)

また、内耳以外に“体毛”も準静電界を感じやすいという。特に、細かい産毛は電気
刺激に対して敏感だ。「総毛立つ」とか、「鳥肌が立つ」などという言葉があるが、
気配を察知する力は一種、皮膚感覚に 近いのかもしれない。滝口さんは、「産毛の
多い子供や女性は、気配を感じやすい傾向がある」と話す。

■犬や猫も人の近づく気配に敏感
ところで、ペットを飼っている人なら、犬や猫などの気配察知能力に驚かされる
のではないだろうか。「うちのワンコ(あるいはニャンコ)は、自分が家に帰り着く
ちょっと前から、玄関で待っているようだ」といった話を耳にする。犬や猫も、
飼い主の準静電界をいち早く感じ取っているのか。なかには、何メートルも離れた
ところにいる飼い主の気配を察知して、尻尾を振って待っていることもるという。
しかし、そんな離れた場所から、どうやって気配が分かるのだろうか。

「歩行時には、体にまとっている準静電界も一緒に動きます。また、片足を上げる
たびに、地面との距離が離れることで、人の電位が増幅 されます。つまり、じっと
しているときよりも動いているときの方が、人が作る準静電界の変化が大きいのです。
私たちの実験では、アスファルトの路面を歩いているときには、20~30メートル
先にまで、その電位の変化が伝わることが確かめられています」と滝口さん。

なるほど、だから犬や猫は飼い主が家にたどり着くかなり前から、その気配を
察知できるのかもしれない。しかも、滝口さんによると「歩き方には人それぞれ、
固有のパターンがある」という。ペットの犬や猫は、それを認識し、飼い主で
あると分かったうえで、玄関で待っている可能性があるわけだ。なんとも、いじ
らしいではないか!

気配というと、これまではちょっとオカルト的で非科学的だというイメージを持たれ
がちだったが、少しずつ科学的な解明が進みつつある。滝口さんらは準静電界を
利用した通信や医療器具などの開発にも取り組んでいる。“気配のモト”が、
最先端の科学になる日もそう遠くはないのかもしれない。
(佐田節子=ライター)

ヒーラーズラボのスローガン――「気も工業化の時代に入った」の裏打ちか!?

「世の中には、流星の音が聞こえたり、星が流れる気配が分かったりする人がいて――」
ということですが、私も2001年の「しし座流星群」がやってきたときに、これを体験したの
です。
11月19日午前3時過ぎに、一番大きな流れ星が走ったときには、ヒューという音が聞こえ
て、青白い光球が大気の摩擦で拡大したときには、ボッ、という音が聞こえたような気が
したものです。
あの感覚がずっと記憶に残っていて、まさか音がするわけがないよな、とずっと自分の
感覚を常識で否定していたのですが、あれは気のせいではなく、私の蝸牛が震えていた
のかもしれません。やっと謎が解けた気分です。

「滝口さんらは準静電界を利用した通信や医療器具などの開発にも取り組んでいる。
“気配のモト”が、最先端の科学になる日もそう遠くはないのかもしれない」
とのことですが、まさにこれは、ヒーラーズラボの掲げる――、
「気も工業化の時代に入った」、さらには「開運も機械化の時代に入った」という
スローガンとピッタリではないか、と総毛立つ思いがしたものです。
気のせいでなければ――。

山の成功波動

我が世たれぞ常ならむ

編集者の友人から、友人と二人で山へ行くとのメールが入りました。
以前から私も山登りを誘われているのですが、体力に自信がないのでずっと
断りっぱなしです。
その友人は、最近父親を亡くして、しばらくかなり落ち込んでいました。
メールには、一緒に山登りに行く相棒も6月にお母さんを亡くしたばかりなんだと
書かれていました。
私はとっくに両親を亡くしていますが、ずっと離れていて10年以上も顔を会わす
こともなかったという親不孝だったにもかかわらず、いざ他界されるとその喪失感
は実にきついものでした。

『国家の品格』で著名な藤原正彦も、父親の新田次郎を亡くしたときは、丸2年間
何も手につかず、父親が旅行して回った海外の国々を、そのままなぞって回る追想
の旅をしていたといいます。私もその気持がよくわかりました。
私も父親に逝かれて数年間はダメージを抱えていましたが、母親のときはそれ以上
でした。親不孝者でしたので、なおさらだったのかもしれませんが。

親の死、特に母親の死に、みなこんな喪失感を味わい、乗り越えているのかと思っ
たものですが、別の友人は、同居していた奥さんとのソリが悪く、その間に入って
実に辛かったので、母親に逝かれたときは、正直安堵のほうが大きかったと漏らし
て、ああ、そういうケースもあるのか…、人それぞれなんだなあ、と感慨深かった
ものです。

前回のブログで話したように、この世は無常です。
愛するものと死別すること。生老病死。生々流転。
この世は、無常以外の何ものでもありません。

山は何がゆえに貴いのか?

友人への返信メールはこんな返信をしました。
まあ、いつもふざけたメールを送り合う仲の、これも一種の言葉遊びなので、
ここは軽く読み流してください。
まずは、この間ここで話題にした本の話から入りました。

『人は死なない――ある臨床医による摂理と霊性をめぐる思索』
という、東大附属病院救急医学の教授(矢作直樹)が書いた本が数年前から
話題になっていますが、学生時代、単独で雪山によく登っていたそうで、
雪崩とともに滑落し、九死に一生を得た経験が2度もあるそうです。
2度目の滑落で助かったとき、「もう来るな!」という声が頭に響いたそうです。
それから、山へは二度と足を踏み入れていないんだとか。

「山高きがゆえに貴からず」なんていう言葉がありますが、
では、何がゆえに貴いのか?
ヒマラヤはいうまでもないですが、高くて空気の薄いところには、
仙境をはじめ、異界に通じるトワイライトゾーンがあるような気がします。

そういえば、岳父とはいいますが岳母とはいいませんね、と書こうとしたら、
岳母もあったんですね。
でも、どちらかというと、母は海。
漢字の海の中には母がありますが、フランス語の母の中には海がある、というのは
聞いたことがあるでしょう? 三好達治の『郷愁』ですね。

――海よ、僕らの使ふ文字では、お前の中に母がゐる。
そして母よ、仏蘭西人の言葉では、あなたの中に海がある。

母(mère)の中に海(mer)が含まれているという話です。

ちなみに、ヤマの反対はマヤで、摩耶(マヤ)夫人はお釈迦さんの生母ですね。
で、また、「マーヤー」は幻覚を意味します。
矢作直樹の天の声は、ひょっとして、ヤマを真っ逆さまに滑落したときの、
まやかしのマーヤーだったかもしれません。

山を愛し自然と同化する日本人

さて、「山は何がゆえに貴いのか?」という疑問は置いといて――。

一神教は砂漠でできた、といわれます。ユダヤ教をはじめ、キリスト教やイスラム教
はたしかにそうです。
それに対する多神教の日本には、アジアモンスーン地帯の、広葉樹林の豊かな自然
があります。自然の何ものにも、イノチの輝きを見出すアニミズムです。
草木悉皆成仏ですね。寒い冬もありますし、一年中裸で過ごせて、取り尽くせない
果物がなっている熱帯のパラダイスではありませんが、砂と岩だらけの荒野から比べ
たら、緑豊かな日本などパラダイスでしょう。

日本人ですから、日本賛美をしたくなるのは当然ですが、古代からの日本人が
掛け値なしに偉いなあ…と思うのは、里山を愛し、明治以来工業国として大発展
したのにもかかわらず、いまでも森林面積が70%もあり、清流がふんだんに流れ
ていることです。山への畏敬、自然へ同化する縄文の心がベースにあるからです。

大森林だった西欧の地は、伐採され尽くしました。牧畜狩猟民は、自然を略奪する
文化です。それも、自然はすべておまえたち人間が利用してよい、という旧約聖書
の神の言葉が背景にあります。自然を利用する対象として、人間を君臨させ、
傲慢にさせてしまいました。

中国もそうです。森林は伐採され、あちこちで赤茶けた山肌が無残に露出して
います。
あの国の、人権抑圧や全体主義体制は、内政問題ということでスルーしたとしても、
環境破壊は、地球全体に悪影響を及ぼすので、我が事として黙ってはいられません。
重金属にまみれた土地の汚れは川の汚れとなり、海の汚れとなり、砂漠のチリや
大気の汚れは、PM2.5 となって日本に飛来します。
南シナ海や尖閣防衛の前に、地球規模となりかねない環境破壊への防御が緊急の
課題です。日本人は、砂漠化防止のために無償で効率的な植林をしたり、水質浄化
のボランティアをしたりしていますが、政府が巨費を投じて動かなければ焼け石に
水です。

山の音(波動)

聖書が生まれたのは砂漠の荒野でしたから、あえて理想の天上世界(天国)の
プロパガンダをする必要があったのです。
一方、日本においては、その豊かな自然から、信仰を強要する物語の創作など
必要なく、ごく自然に、周囲の山々(自然)を畏敬し、そこに超自然の息吹さえ
見る感覚が本能的に備わっています。その超自然の息吹が、日本人にとっての
カミなのです。カミとはいえ、創作された一神教の神(GOD)ではありません。

青年期を山岳で修行した弘法大師空海は、こういっています。
「森の世界はこの人の世はもちろん、天上の世界にもない」
つまり、森は人間が考えだしたパラダイスより、はるかに美しいというのです。
現世肯定の空海だからというより、空海は現実の山林に荘厳さを覚え、多大な
リアリティを感知していたのでしょう。
一神教が掲げるパラダイスなど、豊かな日本の山を前にしたら、プラスチックの
箱庭に過ぎないというようなものでしょうか。

宇宙と一体、なんていう観念的なことをいう前に、日本人は、庭先の虫の音にも
共鳴し、自然と一体となる皮膚感覚をもっていたのです。
移ろいゆく自然の、もののあわれ。
「情景」という言葉があるように、自然の景色に情をナチュラルに重ねるのが日本
のこころです。俳句などはまさにその表現です。

古池や蛙飛び込む水の音

自然を眺め、自然と一体となるこころを五七五の短句にまとめて楽しむという
のは、日本人だけの感性です。しかも、知的階層だけではなく庶民までがそれを
たしなむなんて。
日本人は特殊で、虫の声を外国人が雑音として右脳でしか聴かないのに、日本人は
左脳で言語として聞くということですが、それは自然と共鳴する特殊な能(脳)力に
依るのかもしれません。

山に満ちる波動

『一神教の闇』(安田喜憲)という本にこんなことが書かれていました。

人間にとってもっとも好ましい音環境とは熱帯雨林であるという。
熱帯雨林は、人間が聴覚ではとらえきれない20キロヘルツ以上で130キロヘルツ
にも達する癒しの音、憩いの音に満ちあふれている。その中で人間が暮らすと、
その音環境が脳幹を刺激し、ストレスの解消や免疫率の向上など、さまざまな
効果が現れることが実験的に確かめられた。
それに対して、砂漠は静寂である。その静寂の砂漠の音環境は20キロヘルツ
以下の音に限られる。これに近いのは、私たちが日常的に暮らしている都市の
音環境である。都市砂漠とは、その本質をついた表現だった。その砂漠や都市
の音環境は、人間にストレスを加え病気を引き起こす原因ともなっている。

さらに昆虫バイオセラピーなるものがあって、PTSDの患者に鈴虫の鳴き声を聞か
せると、頭頂部でのアルファ波の発生が増加し、ストレスの減少効果が2倍になる
ことが確かめられているという話もありました。
葉擦れの音、川のせせらぎ、鳥や虫の鳴き声など、山の懐に分け入ると、都会の
緊張が緩んでいく情感を覚えるのは事実です。それらの癒しの空間に身をゆだねて、
山でリフレッシュされるというのは大いにわかります。自然と切り離されるのは、
それだけでストレスなんですね。

では、ゴツゴツの岩山をトレッキングすることでも癒やされるといいますが、
森林限界を超えた高地には何があるんでしょう? それはそれなりに、目には
見えない波動があるのだと思います。13万ヘルツよりも高周波かもしれませんし、
匂いや磁場なのかもしれません。あるいはテラヘルツのような、生理活性を呼ぶ
特殊な波動域があるのかもしれませんし、岩石から放たれる微妙な電磁波なの
かもしれません。また、その大気に秘密があるのかもしれません。

虚空蔵パワー

空海は私も畏敬する大天才です。
宇宙が波動であることを知悉し、空間から無尽のエネルギーを汲み出した人物です。
空海と波動については、今後のテーマにさせてもらうつもりです。空海さんには、
これからもちょくちょく登場してもらいましょう。
なんといっても、アカシャエネルギーの体現者なのですから。
一人洞窟にこもり、虚空蔵菩薩のマントラ――

「ノウボウ・アキャシャ・ギャラバヤ・オン・アリ・キャマリ・ボリ・ソワカ」

これを百万遍唱え、アカシャエネルギーを身に取り入れ、潜在意識を活性化し、
求聞持聡明法という奇跡の法を成就した超人なのです。
このマントラのアキャシャはアカシャと同じで、虚空の意味です。
求聞持聡明法というのは、人の記憶力をコンピュータ並に増大させる法です。
空海は、これによって生まれながらの明晰な頭脳をさらに飛躍させたのです。
虚空蔵菩薩というのは、アカシャエネルギーを菩薩として擬人化したものです。
菩薩を擬人化というのも変ですが。

開運もアカシャエネルギーと同調させる波動装置で

結局、この世は波動なんです。
物質は、波動という目に見えない極細の網の中の、糸が密集した網目です。
現実を自分の思惑で作り変えたり引き寄せたりというのは、まさにその網を操る
ことです。それを行うのが潜在意識の縫い針なのです。

TVやラジオがどうして聞こえるのかというと、放送局から発信されている電波と
同じ周波数を発振することで共振し、その電波を取り込んでいるからです。
電磁波による放送や通信の受信はみな同じ。

アカシャエネルギーも同じです。アカシャエネルギーには、生命活性を促し、
さらには人の運勢まで活性化させるある特定の波動が含まれています。
その波動と同調する波動をこちらから発振してやれば、自動的にエネルギーが
流入します。
それが、ヒーラーズラボが開発する波動装置の仕組みであり、
「開運も機械化の時代に入った」という意味なのです。